このところ、なぜかチャットに関する記事の依頼が多い。はやってるんだろうか。AOLのIM(インスタントメッセージ)もあちらこちらに類似品が出まわる始末だし、よっぽどみんなネット・コミュニケーションしたいらしい。会社で電子メールを出し、通勤途中にピッチでショートメッセージごっこし、テレホーダイタイムにはチャットとIMでおしゃべりにふける…。もう現代人には「さびしくて泣きたい夜」なんて、すっかり無関係になってしまっているのかもしれない。
チャット記事の資料集めにいろんなサイトを眺めていると、妙に「ツーショット」という言葉が目につく。「これなんだろ」とブツブツいってると、うちの事務所で最年少のタケハル青年がひょいと画面をのぞきこんだ。「あ、それ知らないんすか。だめっすよ。今はやってるっすソレ。いわゆるネットナンパってやつで」。タケハル青年、なぜかうれしげに隣に座る。
「えっ。あんたこれ知ってるの」「とーぜんっすよ。っていうか、俺のともだちなんか今それっきゃやってないもん、ネットで。すごいんだって、ホント。ざくざく女が釣れるらしいっす。もう、街で女の子に声かけまくるなんて、アホらしくってやってらんねーって感じ」「ふぅーん。ここってそーゆうとこなのか…。んでどうよ、あんたもやったことあんの?」「俺? …ちょっとだけやってみたけど、あんまおもしろくないんですぐやめちゃったっす。なんかコレ、簡単すぎるんだよなあ…」
ウソだ。こいつ相当ハマってる。私はそう直感した。だって、声のハリが違うもの。好きな話題になるといきなり張り切るヤツっているけど、タケハル青年はモロそういうタイプ。つまんない話題になると、さっさとどっかいっちゃうし。それにこいつは、必ず自分の恥ずかしい経験についてしゃべる時「友だちでこーゆうヤツがいて…」と他人の経験ってことにしちゃうんだよな。この場合も絶対そうだ、と私は確信していた。
「ところでさ、これちょっとやってみたいんだけど…」
私がいうと、タケハル青年思いっきりびっくりした顔をする。
「なによ。私が参加したらなんかマズいことでもあるわけ?」「いや、んなことないけど…でもな…なんかかわいそーだよな」「え?私が?」「いや、相手が」
コツン。軽くけっとばす。
「だってさー、それってまるでサギじゃないすかー。男はみんな俺くらいの年なんだから。チャットに参加してる女の子って、みんな10代とか20代とかっすよ」「げっ。そんな若いの?」「とーぜんっすよー。そうでなきゃ、立つモンも立たないじゃないっすか」「で、どのくらいまでOKな訳?タケハルくん的には」「…うーん。譲って20代後半までかな。そんなね、ミカさん30代後半はヤバいっすよ。よくないっすよ。サギっすよ」
ドーン。思いっきり足を踏む。ぎゃーっというヤツの悲鳴をよそに、私はさっさとチャットルームにログインした。ネットの世界にまで年齢制限持ち込まれたんじゃたまんない。
そこは、ツーショットチャットに持ち込む前の待合わせ場所として使われているようだった。つまり、ホテルにいく前のネルトン場。ここで何人かの人とおしゃべりして、気があえば二人っきりでお話しましょ、という流れ。私がログインした時は、すでに4人のメンバーがチャットに興じていた。内訳は、男3人に女1人。わたしが入って紅一点が二点になる。しばらくだまってログを眺めていることにした。まずは、この場の雰囲気というものを把握しなくては。
なお:えー。どうしよっかなー。
たか:いいじゃん。教えてよ。どうせ見える訳じゃないんだし。
ひろ:なおちゃんって年いくつ?
なお:えっとね、85のDカップ。
ひろ:学生さんかな?
たか:いいねー。大きいおっぱいって好きだな。
なお:16です>ひろ
どうやら年とかサイズとかの話をしているらしい。女の子が一人だから、ハイエナのごとく全員でたかっているらしい。それにしても16…。やっぱり私が参加するなんて、ずうずうしかったか。
たく:こんにちは>みか
なんて思っていると、いきなり声をかけられた。「あれ…私まだ何もしゃべってないのに」「しゃべらなくても、ほらここに名前が出てるっしょ。ログインした時点で、こうやって表示されちゃうんっすよ」。いつの間にやら隣に立って画面を見ているタケハル青年。さすが経験豊富らしく、テキパキと指示をする。「ほら、声かけられたら返事するのが礼儀だから…」。私がオロオロしていると、ついに我慢できなくなったのかキーボードを奪い取ってレスを書く。
みか:どうもこんにちはー(^^)>たく
「ちょっと顔文字つけないでよ。私のキャラクターが…」「キャラクターなんてどうでもいいっす。ここではみんなに好かれないと、意味ないっすから。かわいくしとかないと…」。そうでなくても年いっちゃってるんだし、というタケハル青年の心の声が聞こえた。悔しいけど、ここは経験豊富な先輩に任せとくとしよう。
たく:よろしく>みか。ところで、年いくつ?
げっ。いきなり痛いところをついてきやがる。タケハル青年と私は、お互いの顔を見つめあった。やがて彼が決意したように、キーボードを叩き出す。
みか:16でーす!>たく
だーっ! じ、じゅうろくぅ〜?
「ちょ、ちょっとなにこれ!サギじゃん。ダメよダメ。いくらなんでも、20以上サバよむってのは犯罪よぉ!」「いーんですって!どうせ相手にわかりゃしないんだし。それに、まさかホントの年を書くとかいわないですよねぇミカさん。だめっすよ、そんなかわいそーなことしちゃあ。ここにいる3人、全員萎えちゃうよぉ」
今度はさすがに逆らう気力もない。実際、「なお」ちゃんの16才宣言はショックだった。ホントの年書いた日にゃあ、みんないっせいに黙り込んでしまいそうだ。「もーあんたに任せた」。わたしはタケハル青年にすっかり席を譲り渡し、隣の席で高見の見物を決め込んだ。
たく:若いね。ぼくは20才。ちょっとおにいさんだ。
たか:こんにちは>みか
ひろ:どーも>みか
なお:はじめまして>みか
うーん。16と書いた途端に男が群がる。いきなり不愉快な気分に陥ってしまう私。妙な自己否定感、コンプレックスを味わされている気分。どーせどーせ、みんな若い子が好きなのさっ。
タケハル青年、こうやって私がいじけてる間も軽々とキーを打ち続けている。ふふふ、と時々無気味な笑いを浮かべながら。
「調子はどう」「こいつらホントバカっすよミカさん。もうやりたい気持ちがミエミエ。みんなで俺を取り合ってるよ。笑えるなー、俺男なのにね」そんなこと、相手にわかるはずもなし。画面を見てみると、彼がいった通り「みか」の取り合いになっている。さっきの「なお」ちゃんはといえば、時々発言するけれどあまり相手にされていない様子。
「ねえ、なんでこんな一人占め状態な訳?」。なぜかタケハル青年、鼻をふくらませて自慢顔。「あったりまえっすよー。だって俺男だもん。奴等がどうしたいとか、何が聞きたいとか、全部わかっちゃうだからこれはモテますよ。もうなに?アレ?みんなのアイドルってやつ?」うけけっと笑うタケハル青年。なるほどと納得しつつ、それってルール違反よねってな気がしなくもない。…それにしても、これじゃ「なお」ちゃんがかわいそうすぎる。なんたってお姫様状態だったのが一変、今や人気を新人に取られてしまった元アイドル状態。さぞ気落ちされてることであろう…。
「おっ」「なに?」「なるほどそうきたかー」…。
うーむと腕組みして考え込む彼の横から画面を覗きこむと、そこには驚くべき台詞が羅列されていた。
なお:ああん…だめぇそこは…
ひろ:じゃあ、ブラはずしちゃうよ
なお:いやあん、なお恥ずかしい…
「ど、どうなっちゃったのー!」。私はタケハル青年の肩をつかんで揺さぶった。画面の中では、延々アダルトビデオ並の過激な言葉が連ねられている。
「やられちゃいましたよ。あいつ、ついに本番に持ち込むことで人気を復活させようとしてる。きたねーなあ」。タケハル青年、真剣な目で画面の文字を追っている。「本番って…ね、どーゆうこと。これってネットでしゃべってるだけなんでしょ。なんで本番ができるのよ」「…ん、なんてんでしょーね。俺らはチャットHとかいってるけど。ほら、テレフォンセックスとかあるでしょ。あれをチャットでするの。ホントはツーショット部屋にいって、二人きりでやるパターンが普通なんですけどね…」
ぼーぜんと画面をながめる二人。「なお」ちゃんは、観客の目を意識してかどんどん台詞がエスカレートしていく。さっきまで「みか」を口説いてた男たちも、口数少なくなっていた。みんな、彼女のあえぎ声にじっと耳をすませているようだ。
「すご…い。この子、ホントに16?」。信じられないほど真に迫った演技。実体験なしじゃ、とてもここまで表現できるもんじゃない。「どうだろ…ウソなんていくらでもつけるしね」。タケハル青年、モジモジしながら上の空で返事をする。「もしかしたら30代後半のオバハンかもしれない」。オバハンといったなオバハンと。もう一度思いっきりヤツの足を踏みつけるが、「なお」ちゃんの熱演に夢中になっている彼は、さっぱり気付いていない様子だ。「それにしてもスゲーな。こいつ、本気でヨガってるんじゃねーの」。
ホントにすごい。そのすごさといったら、これだけチャット慣れしてるヤツがすっかり無口になってしまうほど。ここに私がいなかったら、彼はとっくの昔にティッシュペーパーを取りに走ってたかもしれない。彼女は、官能小説家顔負けの表現力で、男たちのリビドーを完全に支配していた。
「ヤベっ。ひろっていうヤツ、もういっちまいやがる。なおちゃんがまだあえいでいるってのに…」。画面の中では、まさに「ひろ」が彼自身の欲望を存分にぶちまけている最中だった。そのあとを追いかけるように、「なお」ちゃんもエクスタシーの頂点を極めようとしている。
なお:ああああああああああああーーーーー!!
「…あれ」
「なに?」
「なんでこうなる訳?」
「なんでって…どこが?」
だって、どう考えたっておかしい。だってだって、「ひろ」も「なお」もたった今イっちゃったんでしょ?
「イク時ってさー…。キーボードなんて打てないよね」「…へ?」「だってほら、両者共、ぼーっと画面見てるだけでイッちゃった訳じゃないでしょ。双方とも一人でなんかしてたと考えるのが自然じゃない?」「…なんか?…あ、そっかー」「でしょー。ってことは、どちらも大忙しな訳で、キーボードなんて打たないよね」
さて問題。彼らはどうやって頂点を迎えたのでしょう。
「そーゆうこと考えるの、やめよーよミカさん」。やるせなさそうに、タケハル青年は首をふった。「だって、俺らこういうの見てマジで気持ちよくなったりしてるだしさー。なおって子だって、きっと一人の部屋で乱れに乱れてやってくれてるんだと信じてるんだよぉ。だってそうじゃなきゃこれって…」「アダルトビデオのあえぎ声と同じ。本気じゃなく、サービスでやってるってことよね」「…う、うそぉ」
タケハル青年、肩を落としていきなりログオフする。よっぽどショックだったのか、「もうオレ二度とチャットHしない…」とかつぶやいてる。私はといえば、「あのなおって子、16じゃないよ絶対。あれは40代後半のオバハンのイキ方やね」と、青年に追いうちをかけて喜んでいた。