昨夜、小学校時代にお世話になったご近所の方に、じつに35年ぶりに電話をかけた。そこの家のご長男は、私よりひとつ年上で、本当に気持ちの優しい男の子だった。彼は、私を本当の妹のようにかわいがり、学校から帰ってくるとすぐお迎えに来てくれて、毎日一緒に遊んでいた。
当時はまだ子供だった私は、恋愛がなんたるかわかるはずもなく、友だちに「初恋はいつ?」と聞かれると、いつも「幼稚園の頃によく遊んでいた西くん」と答えていた。たしかに西くんのことは大好きだったけれど、今にして思うとそれは、とっても仲のいい友だちみたいなもの。恋愛とはほど遠い感情だった。
ただ、毎日一緒に遊んでいた高橋のお兄ちゃんは、それとはちょっと違っていた。子供ながらも、そのことにうっすらと気づき始めた私は、お兄ちゃんの横顔を見つめながら「もしかして、これが恋?」なんて思ったりしていた。たしか、そんなことを書いたラブレターめいたものを、こっそり渡した覚えもある。お手紙を渡した翌日、恥ずかしくて真っ赤になっていた私を優しい目で見て、なんでもなかったように「ほら、遊びに行こう」と誘ってくれた、そんな人だった。
そんな、私にとって、おそらく初恋の相手である高橋のお兄ちゃんが、8年ほど前に、癌で亡くなったということを教えてくれたのは、うちの母親だった。
「結婚して、子供もいたんだけれど、奥さんは子供を連れて実家に帰ってしまって、最期は1人で病院で亡くなったそうだよ」
その話を聞いて、胸が痛くなった私は、どうしてもお兄ちゃんのご仏前にお参りしたくなった。それで、思い切って35年ぶりに、高橋家に電話をかけてみた。電話先では、高橋のお母さんが声を詰まらせて、「まあまあまあ、みかちゃん…」といったきり、あとは言葉にならない。
「あの子はね、やさしすぎたのよ。私たちにも何も言わず、ひとりで逝ってしまってね…」
ぜひご仏前にお参りさせてくれないかとお願いしてみたが、「うれしいんだけれど、すっかり体を悪くしてしまって、とてもみかちゃんに会える状態ではないのよ…。せっかくのお申し出だけど、今はお会いできないわ」とのこと。とても残念だけど、それも仕方がない。
「いつか、お会いしましょうね。それを励みに、元気になるわ」と、お母さん。電話を切る間際に、「ぜひに」と頼まれたので、最近の写真を送る約束をした。
できれば、少しでも写りのいい写真を。だって、35年ぶりに初恋の人に会うのだからね。