こちらにあった歌詞を読んで、ぐっときた。
私が昔育った島、長崎県佐世保市にある大島は、炭坑の町だった。両親が結婚した当時は、炭坑関連の仕事が一番羽振りがよくて、この町もずいぶんと賑わっていたそうだ。
しかし私が6歳になる頃、炭坑事業はみるみる勢いを失い始め、父は、一大決心でこの島を捨て、大阪に引っ越した。その後、この島はすっかり廃れてしまった。大阪に出た我が家は、父ががむしゃらに働いてくれたおかげで、安定した収入を得て、楽しく毎日をくらせるようにはなったけれど。
それでも両親は、今でも当時を思い出しては「あの頃が一番幸せだった」というのだ。決して楽ではなかったはずの、あの町での生活が「自分たちの原点だった」というのだ。
二人の思い出話を聞くと、私の耳にも、遠い昔に聞いた潮騒の音が聴こえてくるような気がする。
コメント (2)
長崎には軍艦島のような悲劇的な炭鉱もあったようですが,観光でやっていけるようになるまでには,ずいぶんと島の皆さんは苦労されたのでしょうね。ご両親は里帰りみたいなことなさらないの?
投稿者: mezala | 2009年01月18日 19:01
日時: 2009年01月18日 19:01
つい先日、行ってみたらしいですよ。それこそ40年ぶりに。当時、仲良しだった方々と再会し、貴重な時間を過ごしたそうです。私も、機会があったらぜひ行ってみたいと思っています。
投稿者: mica | 2009年01月18日 20:46
日時: 2009年01月18日 20:46