Vol.01 もうちょっとだけ
「あいつと付き合うことにしたん?」
校門の前でばったり会った永沢くんは、長い長い沈黙の後、独り言のように言った。
「ん? なに?」
私は、永沢くんの突然の台詞に慌てながら返事をした。
「なんかゆうてたやん。ゆかりに、昨日話しとったやん。バスケット部のなんたらと付き合うとかなんとか」
「ああ、佐藤くんね」
「そんな名前やったっけか。そんで、どないしたん」
「あ、うん。つきあってっていわれたから」
「つきあうんか」
「ん〜。どうしようかな…」
ちらっと永沢くんの顔を見た。ぶすっとしてる。ちょっと笑っちゃう。
「なんや、迷ってるんか。ま、ええんちゃう」
永沢君は、そっぽをむいたままで言った。
「けど、そいつもたいがい物好きやな。なにも安田なんか選ばんかて」
けけっと笑って、ひらりと自転車に飛び乗った。
「大原とか、山下とか、バスケ部にはかわいい子、ぎょーさんおるのにな。ま、ふられんようにな。おまえなんか、もう二度とモテへんやろうし」
手をひらひらっと振ってみせた後、永沢くんは校門の前の長い坂を一気に駆け降りていった。黄色いシャツの背中が、どんどん小さくなっていく。地平線に沈みかけた夕陽がまぶしくて、目を細めないとよく見えない。私は目の上に手をかざし、どこまでもどこまでも永沢くんの背中を追いかけた。
「…アホやな。私のこと、好きなくせに」
見えなくなりそうな永沢くんの背中に向かって、私は大声で怒鳴った。
「正直にならんと、あかんよ。私かて、もうずっと、ずうっと待ってたんやからね。もう待ったらへんのやからね。あんたなんか、もう二度と誰にもモテへんよ」
豆つぶくらいに小さくなった永沢くんは、振り返りながら大声で怒鳴り返した。
「アホはそっちやん。そーや、どうせおれはモテへん。だからな、どうせやったら、もうちょっと待ったれや」
つづく…
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