私がLinuxザウルスを選んだ理由。“リナザウ”SLシリーズを愛用したヘビーユーザーに聞く

PDA博物館

私がLinuxザウルスを選んだ理由。“リナザウ”SLシリーズを愛用したヘビーユーザーに聞く

モバイル黎明期に誕生した「PDA」をふりかえり、未来へのヒントにつなげる本連載。PDAとは、「Personal Digital Assistant(あるいはPersonal Data Assistant)」の略称。主に、スケジュールやToDo、住所録、メモなどのPIM(Personal Information Manager=個人情報を管理するソフトウェア)を携帯するために使われていた、モバイル端末のことをこう呼びます。

1980年代から1990年代に流行した電子手帳も、PIMを管理する目的で作られました。文字通り、「電子」の「手帳」として、ビジネスマンが予定や住所録を管理するのに使っていたのです。このとき、シャープから発売され、その後PDAに進化したのが「ザウルス」でした。

ザウルスには3シリーズあり、ひとつは1993年に発売された8ビットCPUとモノクロ液晶のPIシリーズ「液晶ペンコム」。その後、1996年に発売されたのは、32ビットRISC CPUとカラー液晶の「MIシリーズ」(俗称、カラーザウルス)。

そして2002年に発売されたのが、OSにLinuxを採用した「SLシリーズ」(俗称、リナザウ)。PIシリーズやMIシリーズとソフト面での互換性がなく、一線を画したモデルとして話題になりました。

今回、連載に登場するのは、SLシリーズを愛用し、「ハッキングLinuxザウルス」(ソフトバンククリエイティブ刊。初版2004年)の共著者でもある、塚本牧生さん。塚本さん曰く、「PIMを管理するためのPDAは必要なかった」といいます。では、一体何に使っていたのでしょうか。お話を聞いてみると、意外な答えが返ってきました。

井上 真花(いのうえみか)

井上 真花(いのうえみか)

有限会社マイカ代表取締役。PDA博物館の初代館長。長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都台東区に在住。1994年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「マイカ」を設立。主な業務は、一般誌や専門誌、業界紙や新聞、Web媒体などBtoCコンテンツ、および広告やカタログ、導入事例などBtoBコンテンツの制作。プライベートでは、井上円了哲学塾の第一期修了生として「哲学カフェ@神保町」の世話人、2020年以降は「なごテツ」のオンラインカフェの世話人を務める。趣味は考えること。

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