「もぐら」シリーズで一躍人気作家となった矢月秀作さん。実は、マイカから「冗舌な死者」シリーズという本格官能ミステリ作品を出版していたのをご存知でしたでしょうか。個人的にこの作品は大好きで、矢月さんから次の原稿が届くのをとても楽しみにしていたのを今も覚えています。
この作品の主人公は、東京都監察医務院中野分室の監察医、栗山玲奈。室長である千葉圭一郎の「監察医の仕事は、死者の最後の言い分を聞いて、ゆっくり眠らせてあげることだ」という言葉に感銘を受け、目を背けたくなる酷い遺体と真摯に向き合います。
上編には第一話から第六話まで、下編には第七話から第十二話まで収録されています。いずれの話にも、本格ミステリマニアをうならせる周到な仕掛けがたっぷり。あっと驚くどんでん返しが潜んでいます。ぜひこの機会にご一読ください。
では、各作品のあらすじをご紹介しましょう。まずは前編から。
第一話 肉戯の果て
「私のフィアンセよ! 悪く言わないで!」。妹の将来を思って、進言した姉。だが妹は逆上し、姉を突き飛ばした。倒れた姉の目は、二度と開くことがなかった――。姉の命を奪ったのは、果たして妹なのか。現場の状況を見ると、そのようにも思える。しかし、ひとつ気になる点があった。監察医は、本当の死因を調べるために、検案を始めた。
第二話 殺意の氾濫
「その死体、どんな所見だったんですか?」「車に轢かれた溺死体だよ」。公園の奥で発見された、女子大生の死体。水たまりのかけらもない場所での溺死所見、しかも車に轢かれたあとがあった。しかし、犯人が引きずって運んだような痕跡はない。とすれば、彼女はどうやって死んだのか……? 千葉圭一郎と栗山玲奈は、その謎を解くために現場へと向かった。そこで発見したものは……
第三話 孤独の構図
誰にも発見されず、何日も野ざらしになっていた全裸の女性。遺体の状況から死因は首吊り自殺だと断定されたが、周囲に首を吊ったあとは残っていなかった。この女性は、どこで自分の命を絶ったのだろうか。そして、どうやってここまで移動したのだろうか。深まる謎に、東京都監察医務院中野分室室長の千葉圭一郎が挑む。
第四話 牝肉の誘惑
顔の上半分がなくなった死体。その状況は、散弾銃による自殺を示唆していた。しかし、近くに散弾銃はない。となれば、他殺か。しかし他殺であるならば、なぜわざわざ被害者を眠らせて接射したのか。また、顔の上半分を吹っ飛ばすには、どうやって撃てばいいのか。
第五話 凌辱鬼
監察医のもとに運ばれてきた猟奇殺人の被害者は、玲奈の友人である英美の先輩女医だった。遺体を見た瞬間、妙な胸騒ぎを覚えた玲奈は、すぐに携帯を取り英美にコールしたが、『おかけになった電話番号は、現在、電波の届かない場所にいるか──』というアナウンスが流れた。「まさか、英美……」
第六話 生ける屍の深淵
青いビニールシートをめくると、半裸の女性の屍が仰向けになっていた。白い頸に、絞められた痕があった。初めての検死を終えた栗山玲奈は、「路上からここへ引きずりこまれ、強姦されたのちに殺されたものと思われます」と報告した。それを聞いた千葉圭一郎は、「最も大切なことを見逃している」と指摘し、遺体の足を開いて言った。「この陰部の傷、どう思った?」
第七話 境界の彷徨人
別荘で発見された、男女の焼死体。タバコの不始末による火事にも思われたが、なぜか顔面だけが炭化していた。解剖してみると、炭粉を吸った痕跡もない。つまり、二人は殺された後に焼却されたのだ。だとすると、殺人犯がほかにいるということになる。資産家の跡目争いか、あるいは無理心中か。圭一郎たちの捜査が始まる。
第八話 愛という名の迷宮
朋子は、テーブルに置いていたグラスに手を伸ばした。そのグラスには、ウイスキーがなみなみと注がれていた。中には、まっさらのタバコが一箱分、漬け込まれている。溶け出したニコチンが、澄んだ琥珀色の液体を、茶黒い汁に変えていた。「あなたの幸せを祈ってるわ。乾杯」。朋子は、グラスを口元に近づけた。異臭が鼻を突く。しかし、朋子はたじろぐことなく、ニコチンの絞り汁を喉へ流し込んだ。
第九話 優しさの行き着く場所
「きゃー!」。サンモールの方で女性の悲鳴が響いた。歳は五十半ばぐらいか。でっぷりとした大柄の男だ。右手には包丁を握っている。事件当日、自殺を試みた男は母親を殺した。「母親の遺体はベッドで確認された。境田は両手で母親の首を絞めて殺したと供述したんだが……」。
第十話 生の証
湯浅浩二郎、五十三歳。死因は脳梗塞。死亡推定時刻は、前日の午前九時から正午の間。ちょうど十二時間程度経っているようだ。「身元も死因もわかっている。これだと、我々が司法解剖する必要はないのでは?」。しかし、報告書には驚きの事実があった。男は“すでに5年前に死亡していた”のだ。
第十一話 魔刻捜査(前)
結婚を決意した監察医・栗山玲奈に、幸せムードが一変する、不可解な事件が彼女に降りかかる。遺体の状況から、ほぼ自殺に違いない。死因は、手首を切ったことによる出血多量の失血死。そこも揺るがない。自殺の確認作業で終わるだろう。誰もがそう思っていた。しかし、どうも気になる点が1つある――。
第十一話 魔刻捜査(後)
一見自殺のように見える女性の遺体。しかし、腑に落ちない点があった。
監察医である千葉圭一郎は、さまざまな状況を考慮した上で「殺人事件の可能性あり」と判断。捜査を進めていくうちに、意外な人物にたどりついた……。「冗舌な死者」シリーズは、本作品でいよいよ最終話を迎える。事件の背後に隠された黒幕とは。そしてその戦慄すべき殺人動機とは。
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