僕はさむらいの日に当たってさむらいになった。
さむらいの日は誰にでもあるものではないし、全くさむらいにならない人もいる。何度も当たっちゃう人もいるらしい。うちは昔、叔父さんがさむらいになった時の道具が取ってあったので、お母さんが急いで借りに行った。叔父さんが、
「隆紀もそんな歳になったかぁ」
と言ってたらしい。
僕は大学生だからいいけれど、社会人で当たる人も多い。
「今日は三人もいたよ」
とお父さんがこぼしていたことがある。ラッシュ時にホームでさむらいが出会って刀の鞘がぶつかり、果たし合いをするかで揉めたので、他の乗客が駅員さんを呼びに行って警官が来たりして大変だったそうだ。
大学の食堂でさむらいの学生が出会ったのを見たことがある。長い髪で顔の半分を隠し、刀傷のシールを頬に貼った片方の学生は、両手を袖の中に入れて女生徒の取り巻きを引き連れ、坊主刈りに高下駄を履いたさむらいは学生服の連中が後ろに従っていたけど、二人共相手を見ながらも遠く離れて歩いていたのを覚えている。
夜、朝倉から電話があった。
「さむらいの日に当たったんだって?」
「そうだよ。明日さむらいで学校に行く」
「実はさ、俺もさむらいの日になったんだ。明日さむらいで行くよ」
「へぇ!? 偶然だね。一緒に行こうか?」
「車を運転して行くから家まで行ってあげるよ」
「ありがとう。さむらいの格好で電車に乗るの嫌だったんだ。何時くらい?」
「戸田も二時間目からだろ? 九時過ぎに迎えに行く」
翌朝の着付けは大変な騒ぎだった。お母さんがさむらい着付け教室の先生を頼み、着付けが終わると僕を真中にして記念写真を撮った。
「いいこと、隆紀。くれぐれも果たし合いなんてしちゃだめよ!」
「判ってるよ」
刀を差して外に出ると、近所のおばさんが話の種にとずらり遠巻きにして立っていたのには驚いた。近所の人だけでなく区の腕章を付けた人が僕のさむらい姿を撮っている。
車が来た。朝倉だ。目の前に止まり運転席から朝倉が顔を覗かせた。
「ファンクラブか?」
「あはは、違うよ。近所の人」
朝倉は車を下りてうちの家族に挨拶し、僕は助手席のドアを開けて乗り込んだ。刀は膝の間に抱えた。
「行って来ます」
車が走り出すと近所の人が拍手で送ってくれて気分がよかったのだけど、横を見ると朝倉の表情が硬い。どうしたんだろう?
「戸田」
「何だい?」
「俺のは羽織が大きくて皺で隠れてると思うんだけど」
そう言いながら羽織を引っ張って家紋を見せた。
「あっ!」
うちの家紋と同じ六文銭だ!
「お前の家に着いた時、六文銭を見て驚いた。お前の家も俺の家と同じ、真田家の家臣だったのかと」
「そうだ」
「やはりな」
不思議な偶然に言葉もない。
「つかぬ事を聞くが、お主の家に真田家の財宝の在処を記した文書が残されておらぬか?」
「いかにも。しかしながら、文章が途切れて判らぬと祖父が申しておった」
「拙者が祖父に聞いたところ、大阪夏の陣にて幸村様が討ち取られた後、家臣が集まり財宝の在処を文書に記し、それをばらばらにして分けたそうだ。拙者の家にある文書、お主の家の文書、そして他の家臣の家にある文書を合わせれば」
「その謎が解けると申されるか?」
「然様」
朝倉の表情は既に一介の大学生のそれではなく、真田家再興を願う一途なさむらいのそれに変貌していた。拙者も負けじと口を結んで前を見詰めた。
大学校に到着す。
朝倉は近隣駐車場に車を停め、我等は下車し帯刀し出口へ向かふ。駐車場小屋の番人車両番号と入庫時間を記録した紙片を朝倉に渡し
「仮装大会かね?」
と問ふも
「無礼な! 我等はさむらいの日に拠りて帯刀せしもの也」
と朝倉に反論され
「恐れ入りました! て、手討ちは何卒ご勘弁を!」
驚愕の表情を顕にし番人平伏す。
「戸田氏、参らうか」
「いかにも」
公の場で「戸田氏」と丁寧語を使ふ朝倉に、さむらいの性根を据へた意気を感ず。拙者と云へば「いかにも」以外の文言が思ひ付かず悶々とす。大学校に向かふ途中、絢爛に着飾る女子学生を見受けるも眼中にあらず、意は真田家再興に在り。
「戸田氏」
「如何致した?」
「拙者は近代経済学原論講義に出席すべきなれど、欠席し文学部歴史学科への転入手続書面を調達しやうと存ず」
「よき考え也。我等の進む道は歴史学以外にあらずんば虎子を得ず。拙者も講義を欠席する所存にござる」
朝倉は頷き、二人して事務を所轄せる転入担当窓口に出向く。
「頼もう」
「はい。何でしょう。おっ!」
「我等さむらいの日に拠り、彼の装束御免仕る」
「成る程。しかと了解仕りました」
窓口担当者異を唱えず、経験在る也。
「文学部歴史学科転入手続きの書面を頂きたく参った次第」
「転入手続きの書類ですね。お二人分ですか?」
「いかにも」
拙者が「いかにも」以外の文言を考へるうちに、担当者は書面を二部、転入申込控と共に寄越す。
「二千円です。ここに現在の学部名とお名前を書いてください」
朝倉が窓口のぼうるぺんを手に取るや担当者は云ふ。
「矢立をお持ちではないのですか?」
「ぐつ!」
朝倉は言葉に詰まつた。
「おさむらい様がボールペンなどお使いになられて、よろしいのですか?」
「持ち合わせがござらぬ。郷に入りては郷に従ふものでござる」
「苦しい言い訳ですな」
せせら笑ふ担当者に朝倉は悔しさうに学部と名を記し、拙者も口を閉じ名を記す。封筒を渡され懐から西洋型財布を出しかけた朝倉を寸でのところで制す。
「あいや、待たれよ」
さう言ひ乍ら拙者は懐より日本橋で買い求めし長財布を取り出す。
「これで如何か」
かうしてジヤラ! 六文銭を取り出し窓口に。
「うぐ」
担当者は二の句が告げぬやうだ。朝倉はにやりと笑みを浮かべ
「さらばじや」
と云ひ捨てる。
帰りの車の中で朝倉が問う。
「いやはや痛快でござつた。其処許はよくあのような銭お持ちなんだ」
「叔父がさむらいの日に遣ひし六文銭の残り譲り受く」
「かたじけなひ。其処許のお陰で俄かざむらいの面目が立ち、恥を欠かずに済み礼を云ふ」
「何を申す朝倉殿。我等真田家再興が使命。他人行儀なしに願ひたい」
朝倉は大きく何度も頷いて居た。
家に着くと、朝と同じ様に近所のおばさん達がずらっと並んで、出掛けた時と同じ、拍手で迎えてくれた。門には両親と叔父と叔母、それにいとこまで立って待っていたのには驚いた。
「それじゃ俺はこれで」
「ありがとう」
「明日から、頑張ろうぜ!」
朝倉は帰って行った。
僕が着替えて居間に行くと、区役所から贈られた記念品のミニチュア刀と、お母さん特製の唐揚げとハンバーグ、叔母さんが焼いた苺のショートケーキが待っていた。
パーティが始まり、さむらいの日が終わった。
(楠田文人さんのブログから許可を得て転載)
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