【隠居の書棚】 #04 『ディオゲネス変奏曲』陳浩基

ミステリ倶楽部

 前回、コラムが長くなりすぎて積み残してしまった陳浩基の短編集『ディオゲネス変奏曲』について触れておこう。今回は、そんなに長くならないようにしたい。
 そもそも、このコラムは、頼まれた分量を常に大幅にオーバーしており、もう少し簡潔にしなければと反省したのだ。スマホで読むの、大変そうだもんね。

◆陳浩基のショウケース

 『ディオゲネス変奏曲』は、特に一貫したテーマを持っておらず、良く言えばバラエティ豊か、悪く言えば寄せ集めの短編集である。全部で14編(+習作掌編3編)。
 星新一的な味わいのSF、ハートウォーミングなクリスマスストーリー、トリッキーかつ猟奇的なサスペンス、特撮ヒーローパロディミステリ、奇妙な味の倒叙密室殺人……など、手を変え品を変え、サプライズを埋め込んだ様々なエンタテインメント小説を見せてくれる。『13・67』の衝撃を生んだ作者の手筋を、さらに知りたくて手を出した一冊だが、うってつけの本だったといえよう。その全体的なクオリティの高さは、長編有利な年末の各種ミステリベストテンにしっかりランクインしてることでも証明されているだろう。
 多くの人が巻頭の『藍を見つめる藍』、掉尾を飾る『見えないX』をこの短編集の白眉と考えると思う。この両輪は対照的な作風であり、陳浩基の引き出しの多さを物語っている。

◆反転するサイコサスペンス『藍を見つめる藍』

 ある女性ブロガーに執着し、ブログの内容を解析して、何年もかけて彼女の名前や職業、住居まで特定していく男。犯罪を扱う闇サイトに彼女の殺害が予告され、サイトに潜む住人たちが注視する中、彼女の家に潜んだ男が犯す冷血な殺人。現代的なネット犯罪と異常心理を扱い、無駄な文章を省いた、淡々とした筆致が、むしろ恐ろしい。紛うことなきサイコサスペンスである。
 実はこの作品の最後にも、そこまで読者が見ていた景色を全部ひっくり返すような衝撃が訪れる。
 『13・67』では気が付かなかったが、この「小説のジャンルが途中で変わってしまったかのような強烈なサプライズ」の感覚にふと思い当たる。連城三紀彦作品だ。最初に『親愛なるエス君へ』を想起したが(同じくサイコ犯罪者視点の短編だからね)、よく考えると、連城作品の多くが、こういうタイプではないか。そう、警察捜査サスペンスが、180度別の景色に反転してしまうのは、晩年の傑作長編『人間動物園』を思わせる。
 とはいっても、作者が実際に連城三紀彦を読んでいるのか、直接の影響を受けているのか、本当のところは、僕には判らない。
 だが、多くの新本格作家の作品に影響を与えているだろう連城作品のエッセンスが、それらの作品を通して「さらに海外にインフルエンスしているんじゃないか」と妄想するのは愉快だし、あり得ないわけではないだろう。

◆ナチュラルメタミステリ『見えないX』

 先行する本格ミステリから受けた影響そのものをテーマに書いたのが、短編集最後の作品『見えないX』である。
 舞台は大学。初めて「推理小説鑑賞 創作と分析」という授業に出席した学生たちに、思いがけない課題がつきつけられる。「教室の中に紛れた講義の助手が演じるXを探し出せ」というのだ。報酬は1年分の単位。彼らは「自分たちが容疑者であり探偵でもある」リアルな推理ゲームの中に投げ込まれるわけだ。
 講義のタイトルから判るように、この講座は受講生がミステリの読者であることを前提にしており、各人がミステリの手筋や解明の「パターン」を承知していて、それを駆使することが認められている。手がかりのフェアプレイを保証しつつ、一筋縄でいかないことも約束されているわけだ。メタフィクションにメタを重ねたようなこの設定は、いかにも「新本格的」だ。そして、そこから始まる丁々発止のやり取りは、問答無用の楽しさである。
 殺人など起こらなくても、謎とそれを解きほぐすプロセスさえ魅力的ならば、本格ミステリはこれほど楽しくなる。そしてその結末が意外なところに着地すれば、さらに感動は深まる。この一見混沌とした短編集を締めくくるのにふさわしい一編だ。

◆来来!華文ミステリ

 まだ陳浩基という作家の二冊の本を読んだだけの僕が、華文ミステリについて語るのは、口幅ったいにも程がある(しちゃったけど)。陸秋槎の『元年春之祭』 (不可能犯罪や読者への挑戦がてんこ盛りのようだ)は、日本カルチャーと新本格の流れをより強く意識していると聞く。これから読むつもりだ。
 華文ミステリの作者は、先行する欧米黄金期本格ミステリとその嫡子たる日本の新本格をリスペクトし、その精神を継承しつつも、さらにそれを超えて上に行こうとしているのだろう。早くも僕たちは、その高いレベルの成果を味わえる段階に居合わせているようだ。

◆牽強付会のブックガイド

 前々回のブックガイドで紹介した泡坂妻夫と並ぶ、幻影城派の天才作家、連城三紀彦。プレ新本格ともいうべき時期に出現した幻影城出身の作家は、その後の新本格隆盛の影に隠れて、若い世代には一時見えにくくなっていた。だが、近年の再評価で名作が続々と復刊されていて嬉しい。今回はタイトルにあわせ、短編集を紹介しよう。
 もし日本のオールタイムベストミステリが選ばれる際には、きっと十本の指に入るだろう『戻り川心中』。本作をまだ読まれていない方がいるなら、僕はとてもうらやましい。これほどの名作も、一時は入手困難な時期があった。今は復刊され、電子版も読める。ノスタルジックな和の浪漫に彩られた、禁断の愛や芸術への妄執が、抒情あふれる美文で織り上げられる。そんな美しくも儚い物語が、突然鉄パイプでぶん殴られるような衝撃に反転するという、とんでもない作品群である。
 本文中に書いた『親愛なるエス君へ』を今読むなら『連城三紀彦レジェンド』が入手しやすいだろう。綾辻行人、伊坂幸太郎、小野不由美、米澤穂信という当代随一の人気作家が、リスペクトを込めて選んだ「連城トリビュートアンソロジー」である。『戻り川心中』からは僕もイチオシの『桔梗の宿』が採られている。連城への思い入れを語った対談を含め、入門には最適の一冊。続編もある。
 過去に材をとらない「クールな」サスペンスとサプライズの融合なら『夜よ鼠たちのために』。これは「このミス」の復刊希望ベストテンで一位になり、復活した名著だ。

白井 武志

早期退職後、大阪から琵琶湖のほとりに移住して、余生は釣り(トップウォーターバス、タナゴ)をして過ごす隠居。パソコン通信時代を知るネットワーカー。PCの海外RPG、漫画、海外ドラマ、本格ミステリなどを少々嗜む。

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