【隠居の書棚】 #06 ドラマ『ランチ合コン探偵』など

ミステリ倶楽部

 新型コロナウイルス禍が続いている。暇なおっさんは、家に引きこもっていることしかできない。もともとインドア派なので、そのことは別に苦でもなんでもない…はずなのだが、なんとなくどよーんとした気持ちが続いている。読書や原稿書きに没頭できる!と思ったが、まったく逆で、年末年始や旧正月のセールでダウンロードしまくった数々のPCゲームにも、なぜかあまり手が伸びない。ひたすらダラダラ。新型ウイルスの影響というより、春の倦怠感のせいか、歳のせいか、もともとの怠惰な性格が出ただけなのかもしれない。このコラムもすっかり間が開いてしまった。申し訳ない。
人として終わってるなぁと思いつつ、かろうじて、録りためていたスカパーの海外ドラマなどを、ちびちびと消化している昨今である。

◆本格ミステリがドラマになるとき

 本格ミステリと映像作品は、基本的に相性が悪いということを、前回の『ナイブズアウト』で少し語った
 新本格勃興後、日本では本格ミステリが一定の地位を保ってきたから、それを原作としたドラマや映画がたくさん生まれている。だが、本格ミステリをそのまま魅力的に映像化することの困難は自覚していても、それを克服するために、きちんと「本格のスピリッツ」に向かい合おうとするものは、ほとんどない。映像側の都合にあわせ、原作の「目立つ」要素を適当に継ぎ接ぎし、とってつけたキャラクター性を盛ったような作品が、圧倒的に多いと言わざるを得ない。
 『ナイブズアウト』に感動したのは、映像作品と本格ミステリの相性の悪さを自覚した上で、映像で本質的な面白さを語るために知恵を絞り、弱点を克服するために徹底的に構成上の工夫をしているところだろう。日本の映像作家も、その姿勢のほんのかけらでも持ってくれたら、と願うが、ほぼ叶えられることはなかった。
 本格ミステリは謎とその解明が本質であって、奇矯な探偵や復讐に燃える犯人のキャラクタードラマではない、という根本を、判ろうとしないーーというより「判りたくないし興味もない」人たちが作っているのだから仕方がないのだろう。
 それでもやはり、どこかで少し気にはなるのだ。なんだかんだ言って、好きな作者や作品が映像化されると聞くと「どうせ、テレビ屋の都合で、クソみたいな内容になっているんだろうな」と毒づきつつ、「もしかしたら」と一縷の望みを抱いて、ついチラ見してしまうのだ。

◆三人の女性探偵

 2020年初頭から始まった新たな地上波テレビドラマで、ミステリ小説を原作とした女性探偵が三人デビューしたことを、様々な経緯で知ることになった。
 そのドラマとは……(放送開始日順)
 1)『ランチ合コン探偵』読売テレビ(日テレ系)1月9日放送開始 全10話
 2)『ハムラアキラ』NHK 1月24日放送開始 全7話
 3)『アリバイ崩し承ります』テレビ朝日 2月1日放送開始 全7話
 そんなに日本のドラマをチェックしているわけではないので、本当はもっとあったのかもしれないが、僕が出会ったのはこの三つ。
 女性探偵は、今や珍しくないとはいえ、2)はハードボイルド、1)と3)はどちらも(原作は)安楽椅子探偵モノという尖った特徴を持っている。

◆『ハムラアキラ』

 このドラマは、テレビをザッピングしていて、偶然目に止まった。登場人物の女性が、ミステリ本を積んでいるのが目に入ったのだ。しかもこの女性がギリシャ彫刻のような美麗な造形の顔と、すらりとしたモデル体型で、強烈な印象を受けた。シシド・カフカという名前はなにかで聞いたことがあったが、本人を見るのは初めてだった。調べると番組名は『ハムラアキラ』とある。なんと、あの若竹七海作のハードボイルドシリーズなのだ。
 すぐにテレビを切った。そう、まずは原作を読まねばならないと思ったのだ。名のみ知っていて、未読のシリーズであった。
 葉村晶シリーズは20年以上に渡って書き継がれており、彼女はほぼリアルタイムで年齢を重ねているので、作品により設定が大きく変わっている。今、彼女の年代記を、大急ぎでたどっているところである。若竹七海が書いているからには本格味の強いハードボイルドシリーズかと思ったが、必ずしもそうではない。だが面白い。これについては、いつかこのコラムで取り上げたいと思う。
 少なくとも葉村晶の容姿はシシド・カフカには、まったく似ていないようだということだけは判った。小説上でどう書かれていても、映像化されると美男美女に置き換わるのは、金田一耕助の例を引くまでもない。いつものことだ。しかし、僕が一瞬で興味を持ったのも、演じる役者の存在感とカッコよさに目を奪われた面がなきにしもあらず。だから、その効果を否定することはできない。
 そんなわけで、ドラマの内容を云々するのは無理。だが原作と似てなくても、シシド・カフカ演じる葉村や、あの世界がどう実写化されているのかについて興味がある。葉村の容姿ではなく、その魂のカッコよさをビジュアル化したのだと言われれば、納得できる……ような気もする(笑)。
 私立探偵の行動を描くハードボイルドは、少なくとも本格ミステリより映像に向いている。小説を読み終わったら、オンデマンドでチェックしよう。

◆『ランチ合コン探偵』

 『ランチ合コン探偵』を知ったのは、第一話の放送後、Twitterのタイムラインで偶然見かけたからだった。この作品の原作(『ランチ探偵』『ランチ探偵容疑者のレシピ』)も、作者である水生大海のことも、恥ずかしながら知らなかった。だが、その設定には大いに興味を惹かれ、見逃し放送をやっていたGYAO!で、第一話を早速視聴し、以後録画して観るようになったのだった。
 探偵(天野ゆいか=山本美月)とその相棒(阿久津麗子=トリンドル玲奈)は同僚OLで、会社の昼休みに「ランチ合コン」を実施。毎回異なる合コン相手の男たちが話す、ちょっとした「謎」に食いつくゆいかと、そのせいで合コンを台無しにされる麗子……というパターンで毎回話が進む。解決されるのは殺人のような大事件ではなく、いわゆる「日常の謎」系であり、ランチの時間中に、レストラン内で解決される「安楽椅子探偵」ものでもある。
 安楽椅子探偵とは、事件現場に行かず、話を聞いたり、報告書などを読むだけで(つまり安楽椅子で座ったままで)推理するという形式のミステリだ。その性質上、事件の起伏に乏しく、エモーショナルな展開になりにくい。事件関係者の性格や背景描写も、人の口を通じてシンプルに語られるだけで、迫真性も生々しさも失われる。
 ただし、探偵と読者が同条件でフェアな情報を与えられ、仮説の構築と破壊を繰り返す論理のやり取りの過程だけが、クロースアップされることでもある。ある意味最もピュアな本格ミステリの真髄を、むき出しにしたものと言ってもいい。「小説的な魅力ある表現」をあえてギリギリまで削ぎ落とした形式なのだ。
 だが、それは映像化には、最も不向きな形であるともいえる。何しろ基本は、男二人、女二人が合コンしながらしゃべってるだけの絵面だ。事件の回想シーンを描くにしても、臨場感はない。さらにこの作品の場合「日常の謎」系だから、目をひく派手なアクションやショッキングな場面があるわけでもない。端的にいって、視覚的に地味なのだ。理屈が先行する、ディスカッションシーンは、日本の映像屋が最も嫌うものだ(と思われる)。
 当然「テコ入れ」と称して、様々なオリジナル設定や、新たな登場人物が付け加えられているのだろうと見当がつく。探偵役のゆいかは過去の記憶をなくしており、その秘密が全話を貫く謎になっている。そこに関わるキャラクターたちが何人も登場するが、原作を読んでなくても、これらがテレビだけの設定なのが丸わかりだ。というか、このドラマでは、原作にない要素の数々が、ある意味非常に判りやすい。でも、これはディスっているのではない。
 これは勝手な想像なのだが「ランチ時間内に謎を解く安楽椅子探偵」という枠組みと、謎とその解明の過程については、原作の内容を、おそらくかなり生真面目に、大事に守っているように見える。だからこそ、テレビ的に付け加えたり変更した部分の見当がつきやすいのだ。
 視覚的に地味な部分を補うための、テレビ的でリアリティのない、あざとささえ見えるコメディ演出や、余分な幕間、グルメドラマのような料理の紹介なども、素材を殺さないレベルで加えられて、それなりに機能しているように見える。探偵役のゆいかを演じる山本美月は、思い切ったショートカットが、知的な雰囲気を醸し出していて、変人探偵としての造形もうまくハマっていた。
 「日常の謎を安楽椅子で解く」という本来地味で、映像的に難しいハードルを、丁寧に飛んでいるというイメージは、非常に好感が持てたし、減点法なら、ほぼマイナスはつかない。
 しかし、全体的評価は正直「なんか食い足りないなぁ」であった。ひとつひとつの要素に減点はないけど、加算もあまりない感じなのだ。
 「合コンにおける男女の恋と駆け引き」「グルメドラマのような美味しそうな料理描写」「上司や同僚との交歓の小芝居」「ゆいかの過去の謎」など、いかにもドラマ的に「受けそうな」スパイスを何種類もかけすぎて、本質の味を曖昧にし、中途半端な印象になったのだろうか。それとも原作の持つ「謎と解明」の面白さが、そもそも薄かったのだろうか。
 それでも、とりあえず最終回まで全部観続けられた。珍しいことだ。最終回はゆいかの過去の話であり、まるごとドラマオリジナルだと判る、ミステリ的には薄っぺらな内容であったが、まあ、軽めのドラマならこんなものか。

◆『アリバイ崩し承ります』

 今年、偶然地上波ドラマで三人揃った女性探偵については、実は話の枕のつもりだった。その上で、ドラマ化された『アリバイ崩し承ります』のとんでもなさと、本来の原作の魅力を紹介しようという目論見だったのだが、本文に入る前にスペースが尽きてしまった。シオシオのパーである。面目ないにもほどがある。申し訳ありませんm(_ _)m。
 この作品については次回で改めて(あまり間を空けずに)紹介する所存だ。

◆牽強付会のブックガイド

 安楽椅子探偵ものは、その性質上、謎の提供者と探偵役という役割が明快で、かっちりとした一定のパターンを持ったシリーズ短編が多い。そのパターン自体も、いくつかに分類できる。
 『ランチ合コン探偵』では、毎回変わる合コン相手の男性たちが、謎を提供するゲストであり、事件を体験した当事者でもある、というパターンでほぼ統一されている(ゲスト型)。
 これに対して、謎を提供する人間と探偵役が、毎回固定されている場合がある。例えば事件に行き詰まった刑事が、探偵役に相談するというパターン。大山誠一郎の『アリバイ崩し承ります』はこれにあたる(メンバー固定型)。

 前者(ゲスト型)の代表的なものとして、アイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』シリーズがあげられるだろう。毎回レストランで料理に舌鼓を打ちつつ、招かれたゲストが謎を提供(日常の謎的なものも多い)という形も、『ランチ合コン探偵』に共通する部分がある。

 石持浅海の『Rのつく月には気をつけよう』も食と謎が絡まるゲスト型の作品。これは宅飲みグループ三人に、毎回違うゲストが招かれて謎を提供する。その時に出る酒の肴が謎に密接に絡んでいるのがミソ。こちらも日常の謎がほとんどというのが共通している。面白いのは続編(『Rのつく月には気をつけよう 賢者のグラス』)では、ゲスト型から、メンバー固定型に変わっていることだ。

 とにかく美味しそうな料理と酒が出てきて、夜中に読むと大変なミステリといえば、北森鴻の香菜里屋シリーズがはずせない。これは三軒茶屋のビアバー「香菜里屋」のマスターが、客の話を聞いて謎を解く、安楽椅子探偵ものでもある。その第一作め『花の下にて春死なむ』は、推理作家協会賞を受賞している。

白井 武志

早期退職後、大阪から琵琶湖のほとりに移住して、余生は釣り(トップウォーターバス、タナゴ)をして過ごす隠居。パソコン通信時代を知るネットワーカー。PCの海外RPG、漫画、海外ドラマ、本格ミステリなどを少々嗜む。

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