前回に続き、2020年初頭のドラマで登場した三人目の女性探偵(原作付き)をご紹介しよう。美谷時計店の若き店主、美谷時乃である。
この女性、ドラマでは浜辺美波が演じている。浜辺美波といえば、昨年末公開の映画『屍人荘の殺人』で、剣崎比留子を演じた女優さん。その印象がとても良かったということもあり、このドラマ版『アリバイ崩し承ります』のヒロインにも大いに期待したのであった。『ハムラアキラ』と『ランチ合コン探偵』は、放映後に知ったのだが、この作品については、既に原作は読了しており、ドラマ化情報も事前に得ていた。
まずは原作『アリバイ崩し承ります』について書いておこう。
◆ワンパターンの美学
安楽椅子探偵もののシリーズは、その性質上、一定のパターンを持っているものが多い。前回のブックガイドにも書いたアシモフの『黒後家蜘蛛の会』なら
・黒後家蜘蛛の会のメンバー6人がレストランで会食・雑談。
・メンバーのひとりが連れてきたその日のゲストの紹介。
・ゲストが話を始めると、その中にちょっとした謎が出てくる。
・その謎について、6人が侃々諤々、議論する。
・話を聞いていた給仕のヘンリーが、口を開きスパッと解決。
というパターンがほぼ毎回続く。ゲストと謎の内容、それの解決過程が違うだけで、枠組みはあえて踏襲しているのだ。逆に言えば、謎とその解決(の過程)だけに興味を集中させるために、あえて余分なドラマをギリギリまで排除しているといってもいい。
前回のコラムのブックガイドで「ゲスト型」と定義した『黒後家蜘蛛の会』に対し、毎回登場人物が決まっている「固定型」では、ゲストがいない分、さらに枠組みが限定されている。
例えば日本の安楽椅子探偵シリーズの嚆矢ともいえる、都筑道夫の『退職刑事』シリーズでは
・定年退職した元刑事の父が現職刑事の息子に、事件の話をせがむ
・二人の会話(質疑応答)で事件についての説明がなされる。
・謎について二人のディスカッション。
・父親が真相を暴く。
というパターンが、毎回繰り返される。舞台は息子が住む団地の部屋に固定。視点は移動せず、ほぼ二人の会話だけで物語は完結する。その後の答え合わせもあまりなく、事件を論理的に検討する「だけ」の興味で成立している物語だ。
もちろん、話のやりとりの中で事件の登場人物についての描写はされるが、エモーショナルな事件の起伏はない。ないというより、あえて排除されているのだ。
本来、小説巧者である都筑である。「こんなの小説じゃなくて推理クイズじゃないか」と言われかねないのを十分承知した上で、謎と論理を純粋に突き詰める手段として、意識的にこの形式をとっていると考えられる。
作者があえてなにを捨て、何を強調して描こうとしているのかを理解もしないで、amazonレビューなどで「キャラが描けてない」などと「したり顔」で小説論をぶつ輩を見ると、思わず萎えてしまう。皆さんが、ああいうものに騙されませんように。
『アリバイ崩し承ります』は、『退職刑事』と同じく主要登場人物はほぼ二人で進む「固定型」の安楽椅子探偵シリーズだ。
◆引き算で作られたピュアな枠組み
『アリバイ崩し承ります』では、そのパターンはさらに先鋭化されている。大きな特徴は、謎が「アリバイ崩し」限定であるということだ。解くべき謎の種類まで固定しているのである(著者には、『密室蒐集家』という不可能犯罪事件のみを扱った連作集もある)。さらに各編が「時計屋探偵と○○のアリバイ」というタイトルで統一されている。
時計店店主の美谷時乃は「アリバイの主張は時計を根拠に行われる。だから、時計屋こそがアリバイを最もよく扱えるはずだ」という謎理屈で、「アリバイ崩し承ります」の張り紙を貼り出している。新米刑事の「僕」が、現在頭を抱えている事件のアリバイを崩してもらうために彼女に依頼するのが基本のパターン。アリバイ崩しは一件5000円だ。
物語のフォーマットは非常にシンプルである。
・「僕」が、事件のアリバイ崩しを依頼(プロローグ)
・過去の「僕」の視点で捜査活動が描かれる(フラッシュバック)
・話が終わったとたんに時乃が解決
・後日の答え合わせ(エピローグ)
『退職刑事』と違うのは、事件のあらましを二人の会話によって説明するわけではないこと。過去にさかのぼり、刑事の視点で普通に捜査活動を描いている。そういう意味では事件の臨場感や関係者の感情が、より生に出ているとは言えるだろう。とはいえ、ここはデータ提出パートとして、比較的淡々と描かれている印象だ。このパートは、メインストーリーであるにも関わらず、時乃はまったく関わらないことに注目(厳密に言うとたまに一言二言、言葉を挟むのだが)。
そして話が終わると、時乃が「時を戻すことができました」という決め台詞とともに、電光石火のごとく、答えを導き出す。安楽椅子探偵ものの楽しみのひとつである「謎を巡ってのディスカッション」さえ削っている。
とはいっても、いきなりトリックを暴いておしまいではない。どうしてその答えが導き出されたかの道筋は、丁寧にたどってくれる。そのあたりの謎を扱う手付きの誠実さにおいて、今、最も信頼できる作家が大山誠一郎じゃないかな。
新米刑事の「僕」には、名前さえ与えられていない。時乃も解決シーンで推理を披露するだけの「装置」として配置されているように見える。
決まった枠にぎりぎりまで削った設定。まるで短歌のように、引き算の美学で構成された連作ではなかろうか。
不思議なことだが、こんなに描写が短いにも関わらず時乃の印象は鮮烈で、彼女の仕事や亡くなった祖父への想いも、刑事の「僕」との淡い心の交歓も、しっかり心に残るに違いない。
◆強烈な謎
『アリバイ崩し承ります』の中で、最も強烈な謎と、解決に至る論理のアクロバットの凄さに目を瞠るのは、『時計屋探偵と死者のアリバイ』だろう。
自動車事故で死んだ推理作家。死ぬ間際に殺人を告白した彼の言う通りに他殺死体が発見される。だが、なんと死んだ作家には完璧なアリバイが成立してしまう。彼は生前、何らかのアリバイ工作をしていたのだろうか……という、魅惑的な謎。そしてそれを成立させる「かなりぶっとんだ」推理。
なんだかんだ言っても、安楽椅子探偵ものは縛りがきつくて、一作一作の濃度は薄めになる傾向は否めない。短編であることを含め、地味な印象がついてまわる。だからこそ強烈な謎と、解決の着地点の意外さがないと記憶に残りにくい。その点この作品は突出した出来栄えといえるだろう。
ちなみに、『アリバイ崩し承ります』は、『2019本格ミステリベスト10』で1位になっているが、正直これを見た時に意外だと思ったことを告白しておこう。佳作だが小粒だという印象を、やはり持っていたのだろう。
だが、小粒でもピリリと辛いという評価に反対するつもりはない。
◆ドラマ化されて……
さて、ドラマ版のお話である。
あえて、余分なものをギリギリまで削ぎ落として、アリバイ崩しのハウダニットだけに焦点を絞った原作。それ故に、テレビ屋が大好きなオリジナル設定や、奇矯な探偵の行動や変な決めポーズを付け加え、加害者のダラダラした告白を入れ、陳腐なギャグを盛り放題だろう。そう覚悟はしていた。
しかし贅肉をいくら足されても、芯の部分は壊しようがない。僕はそう思っていた。『ランチ合コン探偵』はその一線を大事に守っていたからだ。
しかし、甘かった。なんと、ドラマは安楽椅子探偵ものでさえなくなっていたのだ。
新米刑事の「僕」は、左遷された、いけ好かないエリート中年刑事に置き換えられており、時乃の店に下宿していた。時乃は、少々頭の足りない図々しい野次馬として町に繰り出し、事件を目撃し、捜査本部に勝手に潜り込んで情報収集活動をし、意味もなく入浴シーンをお披露目していた。
原作と違っているから悪いのではない。別作品として楽しめるものにきちんと昇華されているなら、むしろそちらのほうが良いこともあるだろう。
でも、僕は第一話で見るのをやめた。たとえ浜辺美波の入浴シーンがあってもだ。
◆牽強付会のブックガイド
メンバー固定型安楽椅子探偵の代表として『退職刑事』を上であげたが、その手本となったと言われる(というか都筑道夫自身がエッセイでそう書いている)のが、『ママは何でも知っている』(ハヤカワミステリ文庫。続編は創元推理文庫から出ている)を始めとするジェイムズ・ヤッフェ「ブロンクスのママ」シリーズ。こちらは刑事の息子が母親に相談する。
『退職刑事』の贋作も発表している西澤保彦は、自分のシリーズ探偵が、安楽椅子ものになっている作品も結構ある。処女作である『解体諸因』は、全編バラバラ殺人を扱った異色連作だが、実はほぼすべてが伝聞で推理する安楽椅子探偵ものでもある。第三話の、八階でエレベーターに乗った女性が、一階に降りてくる十数秒の間にバラバラ死体になっていたという謎は、本当に強烈だ。西澤には『腕貫探偵』という人気の安楽椅子探偵シリーズもある。
もうひとりのフォロワーとして、法月綸太郎をあげたい。名探偵法月綸太郎と父親法月警視の二人の会話だけで進行する、明らかに『退職刑事』を意識した短編がいくつか存在する。中でも『都市伝説パズル』は雑誌で読んだ時に、そのあまりの面白さに思わず声をあげたほどだ。有名な都市伝説通りに殺された被害者。そんな犯行をわざわざ行ったwhyを、論理的に追求していくと、自然に浮かび上がってくる犯人像。見事な着地。短編集『法月綸太郎の功績』所収。推理作家協会賞を受賞したはず。
ここからは、書籍以外の紹介。
大山誠一郎について「この人すごい」と強く認識したのは、PSPのミステリノベルゲーム『TRICK×LOGIC』(このゲームの内容はややこしいので、リンク先のWikipediaを参照)に所収の『切断された五つの首』を読んだ時だった。いわゆる「首のない殺人」ミステリなのだが、両手首と両足首を含めて5つの首がなくなっているという趣向。そのwhyの回答と、そこから浮かび上がる犯人像の見事さに戦慄した。ゲームはもはや品切れ状態なので、いつか小説に書き直してくれないだろうか。
このゲームに影響を与えた(とWikipediaに書いてある)のが、謎解きテレビドラマ「安楽椅子探偵シリーズ」である。うまいこと「安楽椅子探偵」と「ドラマ」に話が戻ってきたね~。
あの綾辻行人と有栖川有栖が共同で、ドラマ(映像作品)でしかできない謎解きを提供した作品。問題編と、一週間後の回答編の間に、視聴者が犯人の名とそう推理した理由を投稿し、賞金を当てるという超マニアックな趣向であった。これ、大阪の朝日放送制作なので、関西圏でしか流れなかったのだが、関東のミステリマニアが、こぞって大阪まで観に来たという逸話もあるほどの出来栄えである(まだネットが普及してなかった時代の話だ)。
シリーズは何年かごとに、ぽつりぽつりと発表されてきた。現在はDVDが発売されており、どこからでも謎解きを楽しむことができる。もし、これまでこのシリーズを知らなかったのなら、絶対に最初の作品である『安楽椅子探偵登場』を、続編の情報を入れずに、ご覧いただきたい。初めて観ないと効かない、とびきりの仕掛けがあるので。緊急事態宣言で、外に出られない場合などに、くり返しじっくり観るには最高である。
と思って今、amazonを見たら、中古品しか売っていなかった……。僕が一番好きな『安楽椅子探偵 ON AIR』も品切れてる ……。
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