【週刊ポッドキャスト生活】#05 日本人を動かした「フォーモ」って何?

月刊ポッドキャスト生活

欧米に大きく遅れを取りながらも、日本でも音声メディアに注目が集まり出した2021年。

各国で音声メディアが再注目されるきっかけはさまざまでしたが、日本では音声SNSの「Clubhouse(クラブハウス)」がきっかけとなりました。

しかし、音声SNSはClubhouseが最初ではありません。すでに似たようなサービスがあり、それぞれにユニークな機能もありました。それなのに、なぜCloubhouseだけがあれほど話題になったのでしょうか。

そこには「FOMO(フォーモ)」と呼ばれる心理的な働きがあったのです。

取り残されることへの恐れ

修学旅行の夜、自分が寝ているあいだに面白い事件が起こって、翌朝に自分だけが話題についていけないのが怖くて、なかなか眠れない。そんな経験はないでしょうか?

このような、話題に取り残されることに対する恐れを「フォーモ(FOMO:Fear of Missing Out)」と言い、とくにSNS上で取り残されることへの抵抗感を表す心理的な作用として使われます。

Clubhouseがヒットした要因は「フォーモを煽ることに成功したから」

意図的なものと偶然起こったものが重なり、一時的に日本人の関心を集めてバズワードとなりました。バズワードとは「何だかすごそうだけれど、ぼんやりとしていてよく分からないもの」のことで、短期的に流行っては消えていくという特長があります。FOMOという言葉自体も2011年頃に米国で流行ったバズワードと言われています。

2021年1月に日本で突然話題となった「Clubhouse」ですが、過去1年間のGoogleでの検索数を調べてみると、短期間で一気に盛り上がり、翌月から急速に収束していく様子がわかります。本当に一時的なブームだったんですね。

Googleトレンドにおける、日本国内で過去1年間にGoogleで検索された数の割合を示したグラフ

まさに「何だかすごそう」という印象で多くの人が話題にし、そしてあっという間に消えていってしまいました。しかし瞬間風速がすごかったため、テレビや雑誌などの大手メディアにもしばしば取り上げられました。日本国内では相当インパクトが大きかったようです。

ウェブに詳しくない知り合いに「ポッドキャスト」を知っているかと聞いてみると、ほとんど知らない人ばかりですが、「Clubhouse」を知っているかと聞くと、「あー、テレビで見たことがあるよ」という人が多く、テレビなどの力の大きさを実感します。Clubhouseは一時的なものだったにも関わらず、一般層への知名度を獲得しているようです。

では、どのような要素がフォーモとして働いたのでしょうか。1つの要素ではなく、下記のような流れで積み重ね、2021年1月に一気に爆発した印象です。

  1. 2020年4月にサービスを開始したが、5,000人限定のサービスとしてスタート
  2. サービスは招待制を採用し、利用者に招待されないとアカウントが作成できない
  3. 翌5月に1,200万ドルの投資を受け、「招待制なのでまだ利用できないけど、なんだかすごそうだ」と話題になる
  4. IT業界の著名人から政治家、セレブリティーたちも参加し、時価総額が1億ドルと言われる
  5. 2020年12月、付与される招待枠が増え、日本人の企業家などでも利用者が現れる
  6. 日本では電話認証が失敗する不具合があったが、2021年1月に解消される
  7. 日本国内で利用者が出てくると、最初は招待枠が1人2枠しかないため、招待された人の希少感が煽られ、Twitterなどで話題が一気に広まる
  8. コロナ禍とも重なり、初期に日本の著名人や芸能人の利用が見られる
  9. テレビなどでも取り上げられ、サービスの内容よりも招待されるかどうかが話題になる
  10. Androidには未対応で、iPhone利用者しか使えないことにも限定感が高まる

限定的にスタートし、招待制を採用したことで、FOMOを利用した部分もあありますが、これはFOMAを狙ったというより、サーバーの負荷などを考慮した実用的なところも多かったのではないかと考えられます。しかし、初期に著名人やセレブなどを中心に招いたり、スタート早々に投資家から資金を得たりといった話題作りに成功し、期待感を煽る効果は想定を上回りました。

2020年12月に招待枠が増えたタイミングでは、偶然にも日本から電話認証できないという不具合があったため、これが逆に話題となるきっかけや使ってみたいという渇望感を高める結果となり、不具合が解消したタイミングで利用者が急激に増えるとともに、1人2枠だけという少ない招待枠のため、招待されるかどうかで一喜一憂する様子がSNS上で話題となりました。

まさにこのとき、フォーモがSNS上で可視化され、さらにフォーモを誘発するという現象が起きていたのです。

音声メディアを体験するきっかけに

Clubhouseは、初期に芸能人などの参加が多く見られたという特徴があります。通常、SNSでは友人が少ないうちは楽しめず、自分の友人が増えれば増えるほど利用価値が高まる「ネットワーク効果」が起きるもののですが、芸能人などがここだけでしか聴けない話をしているということで、友達が少なくても利用価値が感じられるのも好材料でした。

芸能人の利用が多かったのは、下記のような理由があると推測されます。

  1. 米国でも著名人やセレビリティの利用が多かった
  2. コロナ禍により比較的、時間が取れた
  3. レッドオーシャンとなったYouTubeを横目に、乗り遅れたくないという危機感があった
  4. 規約上、話の内容はサービス以外に口外禁止であるため、気軽に利用できた

このような複数の要因が重なり、「継続して使うかどうかはわからないけど、一度使ってみたい」という欲求が高まり、テレビメディアも巻き込んでブームを生み出しました。

しかし、その熱狂は一時的なもので、1~2ヶ月で徐々に落ち着きを見せていきました。ただ、現在でもうまく利用して楽しんでいる人も多く存在します。Android端末でも利用できるようになり、招待制ではなくなったので、誰でも利用できるようになりました。そのため「フォーモ」はなくなって普通のSNSになったとも言えますが、ある意味最初の熱狂が異常であり、現在は通常の音声SNSになったと言えそうです。

ただ、短期間でも話題になった度合いが中途半端じゃなく爆発的だったので、「音声メディア」に対する認識を広めるとともに、実際に利用することで素人の話を聞いたり、自分も喋ったりといった経験をした人が増えたことは、「音声メディア」を再認識してもらうきっかけとして大いに貢献しました。

井上 真花(いのうえみか)

井上 真花(いのうえみか)

有限会社マイカ代表取締役。PDA博物館の初代館長。長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都台東区に在住。1994年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「マイカ」を設立。主な業務は、一般誌や専門誌、業界紙や新聞、Web媒体などBtoCコンテンツ、および広告やカタログ、導入事例などBtoBコンテンツの制作。プライベートでは、井上円了哲学塾の第一期修了生として「哲学カフェ@神保町」の世話人、2020年以降は「なごテツ」のオンラインカフェの世話人を務める。趣味は考えること。

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