【真花の本棚】映画『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』ライアン・ジョンソン

ミステリ倶楽部

〈真花の書棚〉というタイトルの本コラムですが、今回は映画をとりあげます。なに、ご心配は無用です。以前、本家の白井さんも『ナイブズ・アウト』映画を取り上げたことがありました。

今回ご紹介するのは、同シリーズの第二弾『ナイブズアウト:グラスオニオン』です。

『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』はNetflixのオリジナル映画ですが、同社の配信に先駆けて2022年10月にアメリカで期間限定公開(11月23日〜29日)されました。日本では12月23日に配信を開始。私にとってはなにより嬉しいクリスマスプレゼントになりました。

まずは、ネタバレしない範囲で簡単なあらすじを紹介します。

本作で描かれるのは、絶海の孤島で巻き起こる殺人事件。IT業界の大富豪マイルズ・ブロン(エドワード・ノートン)は、地中海にあるプライベートアイランドに親しい友人たちを招待し、ミステリーゲームをしようと持ちかける。ところが島で実際に殺人事件が発生、遊びだったはずのゲームは恐ろしい事件となり、参加者はたちまち容疑者となってしまう。名探偵ブノワは、友人同士の中で交錯するそれぞれの思惑と、その裏に隠された事件の真相を明らかにするべく捜査に乗り出す。

https://eiga.com/news/20220823/12/

あらすじを読むと、いかにも「古典ミステリー」の王道ように見えます。そしてその想像は決して間違っていません。舞台も、登場人物も、ストーリーも、謎解きさえも、決して目新しいものではありません……が、そう思って安心(?)して見ていると、何度も何度も「私の目はなにを見ていたの!?」と叫ぶことになります。ええ。実際、私がそうでした……。

私がどのシーンでどんな風に驚いたかを細かく説明したい気持ちは山々ですが、それをやるとネタバレになってしまいます。ということで、今回はちょっと趣向を変え、作品全体にちりばめられた小ネタの一部を紹介したいと思います。


①「グラスオニオン」とは

タイトルにもある「グラス・オニオン」は、舞台となった島にある建物の名前。その名の通り、ガラスでできたタマネギのような形をしています。探偵役であるブノワ・ブランは、「グラス・オニオン」をこんな風に表現していました。「(この事件は)まるでこのグラスオニオンのようだ。何重にも複雑に重ねられた謎を薄皮のように剥いでいき、ようやくたどり着いた真ん中は空っぽだった」(私の記憶だけで書いたので間違いかもしれませんがご容赦ください)。

この言葉は、前作の『名探偵と刃の館の秘密』に出てきた「ドーナツ」を連想させます。ドーナツも、中心にあるのは「ただの穴」でした。ライアン・ジョンソンは「中心が空っぽ」なモチーフがお気に入りなのでしょうか。ちなみにビートルズにも『グラス・オニオン』という曲があり、この映画のラストを飾ります。

②何度も出てくる「破壊」というキーワード

このストーリーのキーは「破壊」です。マイルズの口から、何度も「破壊」という言葉が発せられます。彼曰く、「僕らはみんな破壊者である。それがメンバーの共通点」とのこと。しかし視聴者からは、その「破壊」が見えてきません。話が進むにつれて、むしろ彼らは「破壊から守っている」者のように見えてきてしまう。

しかしある人物だけは間違いなく破壊神で、作品の冒頭に出てきた難題さえ、あっさりと「破壊」してしまう。まるで(他のメンバーが)知恵を絞って謎解きをすること自体「意味がない」とでも言うように。ミステリのなかの登場人物が、ミステリの本質である謎解きを「意味がない」と切り捨てるだなんて、とてもシニカルだと思いませんか?

③ちょい役が結構すごいのに全く説明がない

ストーリーにあまり関係ない部分ですが、たまに不思議な人物が出てきます。たとえば、デュークのお母さん。一見とても普通のおばさんですが、マイルズから届けられた箱の謎を、いとも簡単に解き続けます。メンバー全員が額を寄せ合って知恵を絞っても全然解けなかったのに……。実はこの人がすごい人だったりするのかな?と期待したのですが、その後は全く登場せず。

もうひとり。グラス・オニオンがある島には他に誰もいないはずなのに、「どうも〜」と挨拶しながら通り過ぎるおじさんが登場します。彼はその後もちょいちょい出てきますが、彼については最後まで謎なまま。最後はブノワ・ブロウと一緒に煙草まで吸っているのに、説明は一切ありません。

結局、彼らはなんだったのでしょうか。「なんでもないふりをして、実は大事な役回りだった」……なんてことをつい深読みしてしまうミステリファンを陥れる罠だったのでしょうか。

④ポリコレおじさんとパーティ

バーディーが登場するのはパーティーのシーン。彼女の家らしき場所で、多くの人物がひしめき合ってダンスをしたりおしゃべりを楽しんだりしています。バーディーは思いついたことをなんでも口にする女性で、SNSでの投稿が炎上してしまいがち。バーディーは「ポリコレなんてうんざり」とこぼしますが、その言葉に、とあるおじさんが「同感」と言います。ほかの人たちと比べると、この人は少し長めに映像に留まります。ちょっと不自然に見えて、それはなぜ?と考えてみました。

このあと謎の箱がある曲を奏でて、アジア人っぽい男性が「これはフーガ」と曲名を当てます。この人を見てピンときました。さまざまな人種が一同に介してパーティを開く映像は、きっとポリコレのために用意されたもの。ちゃんとポリコレ対策を講じつつ、登場人物に「ポリコレなんてうんざり」と発言させるあたり、ライアン・ジョンソンの遊び心が伺えますね。


小ネタはほかにも色々ありますが、下手に書いてしまうとネタバレになりそうなものばかりなので、このあたりで自制しておきましょう。

最後に。この映画は全てのミステリファン、特にどんでん返しファンは必見です。ストーリーが進むにつれ、ありとあらゆる(無自覚な)思い込みがどんどんひっくり返されていく快感は、ほかではなかなか味わえません。「私の目はちゃんと事実を観察している」「私の考えは柔軟である」と自信を持って言える人こそ、この作品を見て欲しい。名探偵ブノワ・ブロウが、そのあなたの自信をキレイに覆してくれるはずです。

井上 真花(いのうえみか)

井上 真花(いのうえみか)

有限会社マイカ代表取締役。PDA博物館の初代館長。長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都台東区に在住。1994年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「マイカ」を設立。主な業務は、一般誌や専門誌、業界紙や新聞、Web媒体などBtoCコンテンツ、および広告やカタログ、導入事例などBtoBコンテンツの制作。プライベートでは、井上円了哲学塾の第一期修了生として「哲学カフェ@神保町」の世話人、2020年以降は「なごテツ」のオンラインカフェの世話人を務める。趣味は考えること。

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