「大丈夫?」とは違う言葉を

スタッフコラム

先日、道を歩いているときのことだ。歩道の端で、うずくまって苦しそうにしている人を見かけた。肩で息をしながら、はぁはぁと荒い息を吐いていた。その姿を見た私は、「やばい! この人、すごく大変なことになっている」とあたりを見回したが、近くには私しかいない。

今ここで私がなんとかしないと、この人は死んでしまうかもしれない。そう思った時、足が震えた。いったい、私ごときになにができるというのか。この人が苦しんでいるからといって、なにか手が貸せるのだろうか。余計に悪化させるだけじゃないか。救急車を呼ぶぐらいのことはできるが、その間に死んでしまったらどうしよう…そんな言葉が頭を駆け巡り、すぐに駆け寄ることができなかった。

が、そのままにしておけるはずはない。散々躊躇した末、やっと「大丈夫ですか?」という言葉を絞り出した。そのときの気持ちを正直に告白すれば、私はただ必死に祈っていた。「大丈夫です」という返事が返ってくることを。もし違う答えが返ってきたら、自分にはどう対処していいのかわからない。

人は「大丈夫ですか?」と聞かれると、たいてい「大丈夫です」と答えるのだそうだ。そして、その人もそうだった。むしろこちらが驚くほど素早く立ち上がり、「大丈夫です、ありがとう」と答えてスタスタと歩き始めた。

そのときはそれで「ああ、よかった」と思ったが、後になっていろいろ考えこんでしまった。本当は「何かできることはありますか?」と聞くべきだったのではないか。より具体的な助けの手を差し伸べるべきだったのではないか。そう気づいた時、自分の不甲斐なさに胸が痛んだ。

以前、SNSで見かけた投稿を思い出す。道で具合が悪くなった時に誰も助けてくれなかったという嘆きだった。呑気なことに、その時の私は「なぜ誰も助けないのだろう。世の中は冷たくなったものだ」と思った。しかし、なんてことはない。実際に自分がその立場に立った時、私もなにもできなかったのだ。

その人を助けようとして、逆に迷惑をかけるのではないか。救急車を呼んだら「大げさだ」と言われるんじゃないか。タクシーを拾おうとして「私、お金持ってないんです」と言われたらどうしよう。そんな妄想まで湧いてきて、結局「大丈夫ですか?」という薄っぺらな言葉しか出てこない。こんなしょうもない私は、たぶん一生変わらない。

でも、せめて「大丈夫じゃないです」と言われた時のために、近所の交番の場所だけは確認しておこうと思う。やれることは少なくても、できることからコツコツと。たぶんそのときも、最初は「大丈夫ですか?」と声をかけてしまうんだろうけど。

井上 真花(いのうえみか)

井上 真花(いのうえみか)

有限会社マイカ代表取締役。PDA博物館の初代館長。長崎県に生まれ、大阪、東京、三重を転々とし、現在は東京都台東区に在住。1994年にHP100LXと出会ったのをきかっけに、フリーライターとして雑誌、書籍などで執筆するようになり、1997年に上京して技術評論社に入社。その後再び独立し、2001年に「マイカ」を設立。主な業務は、一般誌や専門誌、業界紙や新聞、Web媒体などBtoCコンテンツ、および広告やカタログ、導入事例などBtoBコンテンツの制作。プライベートでは、井上円了哲学塾の第一期修了生として「哲学カフェ@神保町」の世話人、2020年以降は「なごテツ」のオンラインカフェの世話人を務める。趣味は考えること。

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