高校時代、夢中になったマンガがあった。『エロイカより愛を込めて』(青池保子)という作品だ。少女向け作品ながら、NATOやKGBなど各国の秘密情報部、諜報員、泥棒が活躍するという少女漫画離れしたストーリーが斬新だった。背景となる時代考証や世界情勢についてもしっかり調べられていて、いろいろと考えさせられることもあった。
エロイカは1976年に連載をスタートし、いまだ完結していないという超大作なのだが、途中、1986年から1995年まで休載していた。その背景には、東西ドイツの統一、ソ連崩壊が起こり冷戦が終結し、単純な「西側 対 東側」の対立軸を基本とした物語が構成できなくなったという事情があったそうだ。そんな国際事情がマンガに影響することもあるのかと思うが、それこそがエロイカのエロイカたるところだろう。
一番の魅力は登場人物のキャラクターだ。なかでも、主人公であるはずのエロイカ伯爵を抑えて読者人気投票で堂々の1位を獲得するNATOドイツ支局情報部クラウス・ハインツ・エーデルバッハ少佐のカリスマ性は素晴らしい。そのほかにも、エロイカ伯爵の部下であるジェイムズくん、ボーナムくんなどが人気だが、彼らは実在のロックバンド「Led Zeppelin」のメンバーをモデルにしている。ちなみに伯爵自身も「Led Zeppelin」のボーカル、ロバート・プラントがモデルになっている。
私のお気に入りは、なんといってもエーデルバッハ少佐である。業界では「鉄のクラウス」として知られており、徹底した合理主義っぷりが気に入っている(たしか少佐のモデルもドイツのプログレバンドにいるらしいが、名前までは特定できていない。ご存じの方がいらっしゃいましたら、ご一報ください)。伯爵とは因縁が深く、いつも目の敵にしているが、重要なシーンでは見事なコンビネーションぶりを披露する。
作者の青池保子さんが漫画家生活60周年を迎えるということで、文京区にある弥生美術館で「青池保子展」が開かれることになった。これはぜひともいかなければならないと思い、当時の推し活友を滋賀から呼び寄せ、意気揚々と現地に向かった。
中に入ると、1階から3階まで青池保子展が展示されている。私が行ったのは4月20日だったが、2月〜3月までは前半、4月〜6月1日までは後半と分かれており、ほとんどの作品が入れ替えられているとのこと。前半も見ておくべきだった…。
1階はデビュー(なんと15才!)から始まり、エロイカの前までの作品が展示されていた。デビュー当初は少女漫画っぽい絵柄とストーリーだったが、そこからだんだん逸脱し、『イブの息子たち』で青池ワールドが確立していくという流れが理解できた。もともと少年漫画が好きだったという青池さん、「女の子を描くのが苦手だった」そうで、しばらく苦労をされていたようだ。
2階はエロイカワールド全開で、同行した友人と声をひそめながら「ああ、これは!」「あのときの!」と推しトークを繰り広げつつじっくり楽しんだ。2階を見終わった時点ですでに入館から1時間半が過ぎており、我ながら「どんだけ時間をかけてるのよ」と呆れたが、友人がカバンから虫眼鏡を取り出して隅々まで観察している姿を見て、「やっぱりそうよね」と思い直した。
3階の展示は撮影OKということだったので、青池さんの原画をありがたく写真に収めた。今回の展示を通じ、青池さんの絵に対するこだわりを知ることができたのは大きな成果だった。緻密なペン使いや装飾的な表現は原画でみるとさらに美しく、特に印象に残ったのは、服や宝石、背景などの描き込みの細かさだ。衣類にほどこされている刺繍はまるで実物のようで、立体的にさえ見える。時間を忘れて見入ってしまった。

約2時間かけてすべての展示を見終わり、関連グッズを買い込んだあと、弥生美術館に併設されているカフェでランチを食べた。この店では、期間限定「エーデルバッハ少佐のいのししカプチーノ」が提供されており、オーダーするとオリジナルコースターがもらえる。当然、これも頼んだ。

美味しいカレーとカプチーノをいただきながら友人とたっぷりエロイカ愛を語り合い、すっかり満足して美術館を後にした。青池保子さんの世界は、時を超えて私たちを魅了し続けている。あの頃夢中になったマンガが、こうして今も私の人生に彩りを添えてくれていることに感謝した。持っていたコミックは引っ越すときに全て処分してしまったが、再読したくなったのでまた買い揃えるかもしれない。