おめでとう、子供たち。
10
弘美が出て行ったあと、ふたたび眠り込んで、目が覚めたときには、昼をすぎていた。
苦い唾を飲み込みながら、耕治は起き上がった。目覚めの気分は、いつも最悪だった。理由はわからない。起きたら忘れてしまう悪夢に、寝ているあいだずっと追いまわされていたような気がした。
パジャマのままベッドから抜け出して、そのまま部屋を出た。
家の中はしんとしていた。弘美はとうに学校にいってしまっただろう。母の喜美枝も、いつも朝一番に起きて店に出ているはずだ。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
キッチンに、タカコさんがいた。テーブルに座って、遅い昼食をとっている。ぷうんと香ばしい油の匂いがただよっていた。
「お坊ちゃんがお目覚めか。メシにするかぁ」
立ち上がろうとするタカコさんを、耕治は手で制した。
「……胃が痛いんだ。ごはんなんて食べる気しないです」
冷蔵庫からゼリーの栄養補助食品をとりだし、キャップをひねった。キッチンの擦りガラスに、傾いた日が差して、きらきらと輝いていた。
「食いもんは資本だよ」
「そんなこといったって……毎日、寝てるだけなんですから」
「重畳。きみの気がすむんなら、それでいいよ」
タカコさんはそういって、唇の端をゆがめてにやりと笑い、ナイフの先で耕治の方を指してみせる。
「でも、おいしい食べ物がいつでもきみを待っててくれるなんて、幻想だよ」
つづきを読む
目次に戻る
トップに戻る